前回は、地元愛媛県の「ICT(情報通信技術)」に関する出願について記載しました。
https://suepat.com/2024/05/12/ict-patent/
今回は、同じく愛媛県で新規事業がなされている分野である「お酒(特にリキュール、ビール等)」に関する特許出願の状況を調べてみました。
愛媛県の「お酒」に関するスタートアップについて(スゴVen.)
愛媛県スゴVen.データベース(製造系)によれば、下表の2社がお酒に関するスタートアップとして紹介されています。
https://www.pref.ehime.jp/page/4688.html
・ウテナ銘酒:瀬戸内の果実×イタリアンリキュール
・JAPANDEMIC CAMPANY:高品質なクラフトビール(×セレクトショップと併設)
いずれの会社も、自身の経験と、愛媛にあるリソースとの新しい組合せによるイノベーションを起こしています。
一方で特許出願は「0」であることが気になります。
お酒の分野について、どのような特許出願がされているのでしょうか。
(株)ウテナ銘酒 ※スゴVen.データベースより抜粋
スローガン
「百年後の瀬戸内にしっかりと根付くような御酒文化を」
オリジナル製品
柑橘王国愛媛の多種多様な柑橘を用いたイタリアンリキュール(リモンチェッロなど)の製造販売
事業概要
・イタリアで学んだ本場のワイン醸造、リキュール製造の技術×愛媛県産のレモン、イヨカン、デコポンを惜しみなく使用した瀬戸内の御酒 (イタリアの醸造技術×愛媛の柑橘類)
・天文学×御酒×瀬戸内という新事業を展開予定
(株)JAPANDEMIC CAMPANY ※スゴVen.データベースより抜粋
スローガン
「クラフトビールを通じ日常に「選べる楽しみ」を提供する」
オリジナル製品
伝統的な製造手法を踏襲しつつ、現代の様々な手法を取り入れ造られた、世界に通用する高品質なクラフトビール「DD 4D BREWING」
事業概要
・クラフトビール醸造家の経験を活かして、愛媛にUターンして起業、2年間で約100種類のクラフトビールを製造し、国際大会において9つの賞を受賞
・ビール醸造所× セレクトショップという新しいビジネスモデルを構築
清涼飲料水、麦芽カスの有効活用など新たな課題にも挑戦中
お酒(リキュール、ビール等)に関する特許出願の検索条件
検索条件は、以下の通りとしました。
- IPC; C12G-003+(リキュール、ビール等)を含む出願
- 法的状況: 生(出願係属中+登録)のもの
調査ツールは、Orbit Intelligenceを用いました。
(Orbitのサイト) https://www.questel.com/ja/patent/ip-intelligence-software/orbit-intelligence/
まず、上記条件による①検索母集団全体を確認して技術のトレンドをみました。
また、②地方研究機関によるものを確認して、地方の取り組み例を確認しました。
最後に、③お酒の技術トレンドにおける開放特許を確認しました。
【①全体】お酒(リキュール、ビール等)の特許出願概況
特許出願のトレンド
出願数のトレンド
出願数トレンドの縦棒グラフ
・年間約150件で横ばい気味に推移
出願人別のトレンド
出願年×出願人のヒートマップ
・上位出願人はサントリー、サッポロ、アサヒ、キリン等のアルコール飲料業界の大手
お酒(リキュール類)特許出願の技術傾向について
お酒に関する技術分野のトレンドについて
技術分野(IPC)別の出願数トレンドを下図に示しますが、以下のような情報が読み取れます。
- C12G-003/04(混合)、C12G-003/06(香気調整)、C12C-005/02(ビールへの添加物)、C12G-003/22(米等の発酵)が直近で顕著な増加をみせています。
- A23L(ノンアルコール系飲料)の出願が全体的に増加しています。上記3つのIPC中にもノンアルコールを意図した出願は多数みられるため、直近の出願数増加の最も大きな要因は「ノンアルコール系飲料」に関連するものです。
上記を受け、増加傾向であり、スゴVen.掲載の企業2社と関連の深いIPC;C12G-003/04、C12G-003/06、C12C-005/02の直近の出願の内、既に登録されている重要性の高い特許を確認してみます。
お酒の分野で近年重要な技術について
お酒(リキュール等)に関して、直近で重要と考えられる既に特許となっているものの一部を下表に示します。
また、下表から読み取れることを以下箇条書きで示します。
- 圧倒的にノン or 低アルコール飲料を意図した特許が多い (特にビールに関するものが多い)
- 課題(=ニーズ)は、アルコール分や糖質を下げつつ、いかに味と香り(ビールでいえば飲みごたえ)を高めるか
- 解決手段としては、添加する化合物、その組合せや含有量がメイン(大手企業らしい特許)
上記から、地元企業に提案できることがあるとすれば、以下のような事項が挙げられます。
- ノン(低)アルコール飲料 or 低カロリーアルコール飲料 × 特有の味・香りを有する地ビール
- +独自性を有する飲料の成分や製法等で特許を取って、ライセンスや協働提案(あまり現実的では無い?)
市場状況からでも、ノン(低)アルコール飲料や低カロリーのアルコール飲料の需要が増加していることは周知かもしれませんが、特許をみることで各メーカーが特にその分野に注力していること、その課題がより自明となります。
【②地方】地方研究機関によるお酒(リキュール、ビール等)の特許出願
地方研究機関によるお酒に関する特許出願
上記母集団のうち、複数の出願がなされている地方研究機関×IPCの出願数分布を下図に示します。
出願数としては、各機関で多くても数件であり決して多くはありません。
C12N(微生物又は酵素)に関するものが特に多いですが、現在トレンドである分野;C12G-003/022やC12G-003/04の特許;岩手県工業技術センターによる特許(特許第4415072号)の詳細を確認してみます。
特許第4415072号(果実リキュールの製造方法及び果実リキュール)
特許の概要
本特許は、岩手県工業技術センターと(株)南部美人の「糖類無添加のリキュール」に関する共有特許です。
本件、出願は2008年、早期審査を経て2009年に登録されているものなので、最近のトレンドを受けてのものではないのですが、何と特許庁長官奨励賞を受賞しているスゴい特許でした。
(参考:H26東北地方発明表彰 https://koueki.jiii.or.jp/hyosho/chihatsu/H26/jusho_tohoku/detail/jpo.html)
- 背景:健康志向の高まりによる「甘すぎない梅酒」の需要から、両社が協働して「糖類無添加の梅酒」を開発
- 発明:原酒に使用する米の総量中、米麹を90%以上で、発酵工程で加える米麹が冷凍させたものを用いる
- 効果:砂糖等の使用なく、原酒のみで甘さの付与が可能となる果実リキュールの製法(+果実リキュール)
まさに、直近でトレンドとなっている低カロリーのアルコール飲料であり、2024年現在でも活用し得る技術です。
(株)南部美人について
本特許の権利者である南部美人は、岩手県の酒造メーカーですが、上記特許の活用や地理的表示(GI)を積極的に活用した取り組みをしており、それらを活かして国内外での販路拡大を図り、世界中の人々にその魅力を伝えているようです。知的財産を経営に活用している地方企業のモデルケースといえる企業です。
(参考:南部美人の取り組み https://www.nanbubijin.co.jp/tsumikasane/)
- 特許:「ブルーベリー梅酒」、「いちご梅酒」、「ゆずレモン」等の特許を活かした糖類無添加リキュールの製販
(本商品の事業化にあたって、ビジネスマッチング制度を利用して、地元農家との連携/win-winの関係構築) - 地理的表示:「GI岩手」に認定された清酒 ⇒伝統と品質の担保/PR、販路拡大
- AI活用:職人技術に対してAIサポートによる継承
【③開放特許】お酒の技術トレンドで開放されている特許
開放特許情報データベースについて
登録特許について、広く利用されること等を目的として開放されている特許があります。
それらの特許をデータベースとして公開して利用を促進しているサイトが「開放特許情報データベース」です。
(参考:開放特許情報データベース https://plidb.inpit.go.jp/ordinary/top)
現時点でデータベースには総登録件数18,511件の特許があり、随時更新されています。
キーワード、登録者、技術分類等で検索でき、比較的使いやすいサイトです。
お酒の技術トレンドにおける開放特許について
上記サイトにおいて、IPC:「C12G3」 × 提供技術内容:「食品・飲料の製造」で検索したところ、下表に示す9件が出力されました。登録者は概ね公益性の高い研究機関ですが、非常にリソースが豊富なリグノセルロースの利用や、発がん性物質の低減等、低環境負荷や健康増進等のSDGsに適用し得る興味深い特許技術が開放されていました。
オープンイノベーションが必須な現代では、本サイトのようなプラットフォームは積極的に利用すべきと考えます。
まとめ
まとめ
お酒(リキュール、ビール等)に関する特許出願概況として、健康志向による低アルコール/低カロリー飲料の需要が近年特に高まっていることが分かりました。出願人は略大手メーカーによるものですが、南部美人のような地方企業が特許や地理的表示といった知的財産を活かしたビジネスを展開している例も確認できました。
上記ニーズに適う開放特許も複数あり、今後ますます活用されることが望まれます。
愛媛のスタートアップ各社も独自のビジネスモデルを展開していることもあり、上記のような知的財産を積極的に活用することで、より優位性のある事業展開ができる可能性はあると考えます。